未来人材を育てる ― 人材供給網としての教育都市・ドバイ
- 金融経済アナリスト | 桑田 稜子

- 3 時間前
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【金融経済アナリストが読み解くドバイ第4回 - 教育】
なぜドバイは、「教育」をインフラではなく人材供給網として設計し、採用・定着・市場拡大を同時に実現できる都市戦略へと昇華させたのでしょうか。
本コラムでは、ドバイ在住18年の金融経済アナリスト・桑田稜子氏が、現地での生活実感とグローバルな金融・経済分析の視点を重ね合わせながら、「教育都市ドバイ」という独自のモデルが企業活動と人材戦略にどのように結びついているのかを読み解きます。
採用・定着・市場拡大を同時に成立させる都市戦略
多くの企業が「人材不足」を経営課題として挙げる一方で、ドバイはまったく異なるアプローチを取っています。それは、教育を社会インフラではなく、人材供給網として設計するという発想です。
本稿では、ドバイがどのようなビジョンと制度設計のもとで教育都市化を進め、それが企業の採用・定着・市場拡大にどのように機能しているのかを、経営視点で整理します。
1. 教育は「国家戦略」であり「経済装置」である
ドバイにおける教育政策の最大の特徴は、教育が単独で語られることが一切ない点にあります。
教育は、下記のようなカテゴリーと一体で設計されています。
経済成長
国際競争力
人材流入
新産業創出
都市計画
その象徴が、ドバイ政府およびKnowledge and Human Development Authority(KHDA)が掲げるEducation Strategy 2033(Education 33)です。
この戦略では、「良い学校を作る」ではなく、「世界中から人材が集まり、学び、働き、起業し、定着する都市を作る」という目的が明確に打ち出されています。
実際、以下のような指標が公式に掲げられています。
高等教育分野における留学生比率を2033年までに50%へ
世界トップレベルの「学生都市」としての地位確立
教育分野のGDP貢献拡大と、研究・起業の活性化
教育は、未来の労働市場を先に作るための先行投資であり、同時に都市の競争力そのものなのです。
2. なぜドバイは教育にここまで投資するのか

背景にある価値観は、非常にシンプルです。
第一に、企業誘致と人材定着は「教育」で決まるからです。
グローバル企業の経営層や高度専門職が移住を検討する際、 最終判断に大きく影響するのは子どもの教育環境です。ドバイはこの現実を直視し、教育を「社会サービス」ではなく、居住・投資判断を左右する戦略装置として位置づけています。
第二に、知識経済への転換を本気で進めているからです。
ドバイの経済戦略(Dubai Economic Agenda D33)では、AI、テクノロジー、デジタル産業、人材が成長の中核に置かれています。
教育はその供給源であり、人材を育てる場所であると同時に、呼び込む装置でもあります。
第三に、「学びそのものを産業化」する発想があるからです。高等教育・研究・留学生誘致は、観光や不動産と同様に輸出可能な産業として扱われています。
これは、日本の教育観とは根本的に異なる視点と言えるでしょう。
3. AI・テクノロジー人材育成は「教育単体」で終わらない
ドバイのAI・テクノロジー人材育成の特徴は、学校教育に閉じないことにあります。
代表的なのが、ドバイ政府が推進するDubai Universal Blueprint for Artificial Intelligence(DUB.AI)です。
この構想では、下記のテーマが一体で設計されています:
教育
産業
起業
規制
ビザ制度(移住)
たとえば、Dubai AI Campus(DIFC)では、AI企業の集積、スタートアップ支援、雇用創出を数値目標付きで推進しています。
また、National Program for Codersでは、若年層・社会人を含めた大規模なデジタル人材育成と起業支援を実施しています。
重要なのは、「学ぶ → 試す → 起業する → 雇用が生まれる」という流れが、都市設計の中に組み込まれている点です。これは企業にとって、即戦力人材が継続的に供給されるエコシステムを意味します。
4. インターナショナルスクールと海外大学がもたらした変化

ドバイの教育都市モデルを特徴づけているのは、教育の質が競争によって自然に可視化される構造と、高等教育が都市機能の一部として戦略的に配置されている点にあります。
教育行政を担う KHDA は、学校評価を公開し、改善を促す仕組みを制度として整えており、その結果、学校間の競争は価格やブランドイメージではなく、教育内容や成果そのものを軸に展開されやすい環境が形成されています。
こうした透明性の高い競争環境の中で、高等教育機関もまた都市戦略の一部として位置づけられています。
たとえば、University of Birmingham Dubai、Heriot-Watt University Dubai、Middlesex University Dubai、University of Wollongong in Dubaiといった海外大学は、単なる分校ではなく、企業・研究機関・産業と接続する拠点として設計されています。
これにより、企業にとってはグローバル人材の採用母集団が拡大し、学生にとっては学びと実務が自然につながり、都市全体としては産業競争力が底上げされるという、三者にとって合理的な循環が生まれています。
5. 成功事例:GEMS Wellington International School
ここで一つ、象徴的な事例を挙げます。
GEMS Wellington International Schoolは、 KHDA評価で最上位クラスを維持し、IBディプロマにおいても世界平均を大きく上回る成果を継続的に出しています。
しかし、この学校の「成功」は、単なる進学実績だけではありません。
この成果を支えているのは、主に次の三つの要素です。
いずれも再現性のある仕組みとして機能しています:
多国籍・多文化環境でも学習成果が安定していること
大学進学が最初からグローバル前提で設計されていること
学力とウェルビーイングを同時に成立させていること
これらが、再現性のある仕組みとして機能しています。経営者の視点で見れば、
ここで育つ人材は、「異なる価値観・制度の中で、短期間で成果を出す訓練を受けている」と言えるでしょう。
6. 日本企業が学べる最大のポイント

最後に、日本との違いを整理します。
日本は、人口が比較的固定されており、教育制度が均質で国内市場が大きいという特徴があります。
ですので、教育の目的は、大半が日本国内市場向けになっていることが多いといえます。
一方、ドバイは、人口が流動的で、教育制度は国際的かつ競争的、最初から複数市場(欧州・中東・南アジア等)を前提にした教育制度を計画したうえで運営されています。この違いが、そのまま育つ人材の性質に反映されているといえるでしょう。
こうした違いを踏まえると、ドバイ型モデルから日本企業が学べるポイントは、主に次の三点に集約されます:
教育を「人材供給網」として捉え、採用戦略と結びつけること
グローバル適応力を、語学ではなく環境設計で育てる発想
教育・産業・移動(ビザ)を分断せず、一つの戦略として束ねる視点
教育は、もはや長期的な社会貢献活動ではありません。
企業成長を左右する、極めて実務的な経営要素です。ドバイは、その現実を最も早く、かつ徹底して実装している都市の一つだと言えるでしょう。
7. 「人材供給網」としての教育都市、その現場から見えるもの
最後に、本稿を机上の分析ではなく、現場の視点から締めくくりたいと思います。
筆者自身、三人の子どもを幼少期(1歳)から高校卒業までドバイで育ててきました。
同時に、教育に関わる立場として、長年この都市の学校・家庭・コミュニティを内側から見続けてきた一人でもあります。
その経験を通じて強く感じるのは、ドバイは他のどの都市よりも「多様性の扱いに長けている」という点です。
ここで言う多様性とは、国籍や人種といった表層的な違いにとどまりません。
何が好きか
何をやりたいのか
どんな生き方・暮らし方・働き方を選ぶのか
そうした価値観や志向そのものの違いに対して、親も子どもも、そして教育に関わる大人たちも、非常に創造的で、寛容で、オープンです。
「正解は一つではない」 「人生の設計図は、途中で何度でも書き換えていい」
この前提が、家庭・学校・社会のあらゆる場面で共有されている。
それが、ドバイという教育都市の最大の強みだと感じています。
だからこそ、ここでは変化を恐れない人材、異なる市場や文化の中で自分の立ち位置を見つけられる人材、新しい時代を自ら定義し、引っ張っていくリーダーが、自然に育っていくのです。
教育を「人材供給網」として捉えたとき、ドバイはすでに完成形に近いモデルを実装しつつあります。
それは、特別なエリート教育でも、選ばれた一部の話でもありません。
都市そのものが、人を育てる構造になっている。この点こそが、今後グローバル展開を考える企業、次世代リーダーを育てたい経営者にとって、ドバイの教育都市モデルが持つ最大の示唆ではないでしょうか。
本稿が、これからの人材戦略や教育への向き合い方を考えるうえで、何らかの視点や問いを持ち帰っていただくきっかけになれば幸いです。
筆者メッセージ:
ドバイには約18年にわたり関わり、金融機関での経験と、事業を運営する経営者としての双方の立場から、この都市と向き合ってきました。
金融の現場では、マクロ環境や資本の動き、制度設計を読み解きながら意思決定に関わる分析を行い、一方で経営者としては、ドバイにおいて事業を立ち上げ、運営し、持続させる過程を実体験として積み重ねてきました。
こうした立場から見てきたのは、理論や理想だけでは動かない現実であり、同時に、構造を理解し、環境を正しく選ぶことで、可能性が大きく開かれていくという事実です。
その経験を通じて特に強く感じるのは、これからの時代に必要なのは、どこか一つに正解を固定することではない、ということです。
国に残ることも、外に出ることも、国内市場に集中することも、グローバルに展開することも、いずれも「正しい」「間違い」で語られるものではありません。重要なのは、自分自身に合う事業を、どの市場で価値を生み、どの場所で責任を果たし、どの構造の中で未来を築いていくのかを、自ら選び取っているかどうかだと思います。
世界を見渡せば、国境や制度、市場は、かつてない速度で変化しています。その中で、資本も人材も、情報も、より自由に、より戦略的に動く時代に入りました。だからこそ、経営者や投資家に求められるのは、「どこにいるか」よりも、どの視座で世界を見ているかなのではないでしょうか。
本シリーズで取り上げてきたドバイという都市もまた、その一つの選択肢にすぎません。ただし確かなのは、教育・人材・資本・市場を一体として捉え、未来から逆算して構造を設計している都市であり、大きな可能性を内包しているという点です。
本稿が、皆さまご自身の立ち位置や戦略を見つめ直す一助となり、次の意思決定に向けた視座を広げるきっかけとなれば幸いです。

< 筆者紹介 >
桑田 稜子(Ryoko Kuwata)
Founder & CEO, INSPIRE LAB GROUP
2008年よりドバイ在住の経済アナリスト・実業家・メディアプロデューサー。
INSPIRE LAB GROUP CEOとして、マクロ経済と資本の動きを読み解き、個人と企業の未来価値をデザイン。グローバルビジネス、メディア、クリエイティブ、ウェルネス領域で新しい地球の価値創造を支援している。
🌐 公式サイト:https://www.inspire-lab.com/



